2007年度に私が読んだ小説ベスト10
八年に渡ってつづられた、「流血女神伝」シリーズが完結。神と人の話、にしては神の分量が(特に初期は)少な目でしたが、人が生きる世界の話、そしてそこを覗き込む滅びつつある神たちの話として、エンタテインメントとしても優れた話、素晴らしい物語でした。シリーズ通して、おすすめです。読むなら、「帝国の娘〈前編〉―流血女神伝 (コバルト文庫)」からがおすすめ。
「どうでもいい。どうしてお前は、常に自分の意思を神に結びつけなければ気がすまないのだ。ありあまる能力を備えていながら、ひとりでは何も決められないほど頭が弱いのか?」
エディアルド「喪の女王 5 流血女神伝 (流血女神伝シリーズ) (コバルト文庫)」(須賀しのぶ・集英社コバルト文庫)P280より
「それはそうだよねえ。だって、人格崩壊しかけたもんねえ……」
カリエ「喪の女王 6 流血女神伝 (流血女神伝シリーズ) (コバルト文庫)」(須賀しのぶ・集英社コバルト文庫)P141より
互いに自由になって、自分の足できちんと立てるようになったら、また。都合のよい願いだとは思うけれど、心からそう思う。
カリエ「喪の女王〈7〉―流血女神伝 (コバルト文庫)」(須賀しのぶ・集英社コバルト文庫)P221より
ヨーロッパの小国の貴族の娘であるコラリーと、幼なじみの超美形だけど正直すぎて極悪な口のフェリックスが、事件に巻き込まれては解決していくシリーズ。少し前に出ていたシリーズですが、たんのうしました。一冊一冊は楽しいしさくさく読めます。作者男性かと思ったくらいべたべたしてないし、男性でもちょっと少女マンガ読める人ならいけると思います。最初は、コラリーうざーとか思っていましたが、フェリックスのなんじゃそれな発言とか会話からひきこまれていきました。コラリーもひとすじなわじゃいかない性格だし。
「殺意がないんなら、ゆするのはやめてくれないかな。ああ、それと耳もとで叫ぶのも。ぼくの聴覚器官を破壊するのが目的でないならなんだけど」
フェリックス「カブラルの呪われた秘宝―有閑探偵コラリーとフェリックスの冒険 (コバルト文庫)」(橘香いくの・集英社コバルト文庫)P274より
「コラリーは、警察にまかせただけで気がすむわけ?」
「あったりまえでしょ!?」
「……ふうん」
フェリックスとコラリー「王国、売ります!―有閑探偵コラリーとフェリックスの冒険 (コバルト文庫)」(橘香いくの・集英社コバルト文庫)P280より
「相手かまわず同情するだろう? 飼い主に捨てられたチンパンジーとか、道ばたに捨てられたバナナの皮とか」
フェリックス「翡翠の眼―有閑探偵コラリーとフェリックスの冒険 (コバルト文庫)」(橘香いくの・集英社コバルト文庫)P193より
『アッサ タリーカ』
フェリックス「奈落の女神 (コバルト文庫―有閑探偵コラリーとフェリックスの冒険)」(橘香いくの・集英社コバルト文庫)P60より
「じゃあ、虫ケラに寄生してたあんたはなんだ? ペタンセス細菌か」
フェリックス「ふたりで泥棒を―有閑探偵コラリーとフェリックスの冒険 (コバルト文庫)」(橘香いくの・集英社コバルト文庫)P255より
「きみってヤツは、口のへらない男だな」
「当たり前だ。一つしかないのに、へったらなくなるじゃないか」
シュシナックとフェリックス「ローランスは猫日和―有閑探偵コラリーとフェリックスの冒険 (コバルト文庫)」(橘香いくの・集英社コバルト文庫)P215より
「コラリーをとめられると思うほど、うぬぼれてないよ」
フェリックス「黒い塔の花嫁―有閑探偵コラリーとフェリックスの冒険 (コバルト文庫)」(橘香いくの・集英社コバルト文庫)P62より
「ぼくの愛は、刑法上の解釈を超えるんだ」
フェリックス「楡屋敷の怪人―有閑探偵コラリーとフェリックスの冒険 (コバルト文庫)」(橘香いくの・集英社コバルト文庫)P265より
「わたしが光なんじゃない。あなたが影なんじゃない。光も影も、あなたの中にあるの。あなたは自分で光をつくりだせるのよ」
リゼット「影の姉妹―有閑探偵コラリーとフェリックスの冒険 (コバルト文庫)」(橘香いくの・集英社コバルト文庫)P232より
「花は、どうしてその庭を選んだんだろう?」
「居心地がいいからよ。その庭が大好きだから」
フェリックスとコラリー「緋色の檻〈後編〉―有閑探偵コラリーとフェリックスの冒険 (コバルト文庫)」(橘香いくの・集英社コバルト文庫)P242より
「目が二つに鼻と口が一つずつ。標準的な造作だと思うけど」
フェリックス「盗まれた蜜月〈後編〉―有閑探偵コラリーとフェリックスの冒険 (コバルト文庫)」(橘香いくの・集英社コバルト文庫)P43より
ヴィクトリア朝時代の英国で、「恋を叶えるドレス」をつくることで有名な「薔薇色」の店主クリスと、公爵の長男シャーロックとの身分違いの恋の話。ドレスもいいですが、今年はクリスがとたんに恋モードに入りまくって素直に告白しちゃったりするのがまたよかったです。
地面を踏みしめる音が、幸せだった。
「恋のドレスと硝子のドールハウス ヴィクトリアン・ローズ・テーラー (ヴィクトリアン・ローズ・テーラーシリーズ) (コバルト文庫)」(青木祐子・集英社コバルト文庫)P122より
「花の香りが似合うようにつくりました。装飾品のかわりに、香りをつけてください」
クリス「あなたに眠る花の香 ヴィクトリアン・ローズ・テーラー (ヴィクトリアン・ローズ・テーラーシリーズ) (コバルト文庫)」(青木祐子・集英社コバルト文庫)P191「あなたに眠る花の香」より
- 「魔法鍵師カルナの冒険」全4巻(月見草平・メディアファクトリーMF文庫J)
魔法鍵師をめざすカルナは、厳しいけどほんとにすごいのかよくわかんない師匠、ミラの元で修行中。伝説の魔法鍵師のつくった鍵を開ける機会に恵まれたカルナだが……。
よくできたファンタジーとして個人的にはおすすめ。感情的にもラストにはかなりもっていってくれて、とても読後感がよかった作品です。「魔法鍵」という設定が非常によく練られていて、こうやったらだめ→次はこの方法、という論理的な解決方法の推理と勘と技術が、いい感じに混じりあっていて楽しめました。ファンタジーというと、でたらめな法則しかなくていいかげんだと思っている方には、ぜひこれを読んでいただきたいです。法則がある魔法が大好きな私にはツボつかれまくり。
「アイツ、こんな顔ができたんだな」
ミラ「魔法鍵師(ロックスミス)カルナの冒険〈2〉銀髪の少年鍵師 (MF文庫J)」(月見草平・メディアファクトリーMF文庫J)P252より
<<師匠、私も泥棒と鍵師の違いが一つわかりました。同じ数の鍵を開けても、泥棒のほうが三倍疲れます>>
カルナ「魔法鍵師カルナの冒険 (3) (MF文庫J)」(月見草平・メディアファクトリーMF文庫J)P123より
「美味しい紅茶の煎れ方を教えてくれたことは? 四年間、私が作った食事は? 朝練は? 師匠に見守られながら初めて仕事先で鍵開けをした私の胸の高鳴りは? 私に作ってくれた服は!? あれも全部無意味だったんですか?」
カルナ「魔法鍵師カルナの冒険〈4〉世界で一番好きなあなたへ (MF文庫J)」(月見草平・メディアファクトリーMF文庫J)P145より
架空の国「翠」を治める王族には、二つの血筋があり、お互いがお互いを憎しみ合い、殺し合いを続けていた。二つの血筋の、それぞれの長の男子が、「翠」を他国の侵略から守るため、お互いの血筋を絶やしきることをあきらめようとしていた。彼らの願いは実現するのか?
友情ではなく、「同志」として結びついた二人を描いた「架空歴史もの」。表紙を見ると、ファンタジーぽいですが、ぜんぜんそんなことです。おすすめ。
「薫衣殿。私はときどき考えてみることがある。もしも二十九年前の十一月十日に、荻之原で西風なく東風が吹いていたら、どうなっていたかと」
ひづち「黄金の王白銀の王」(沢村凛・幻冬舎)p383
- 佐々木丸美の作品全般
佐々木丸美さんにはまった今年前半だった。その魅力の一つは、テンポのよい文章。ぽんぽんぽんと連ねられる言葉が面白くてはまりました。主人公の少女はたいてい頑なで、こっちに石投げてくるような印象。もっと透明感ある少女を描くのかと思っていたので、予想外でした。いきなりロマンチックモードに入ることもありますが、基本的には理性的な主人公たちの思考が面白いです。一番面白かったのは、代表作でデビュー作の「雪の断章」。
「……だから口がきけません」
飛鳥「雪の断章 (講談社文庫)」(佐々木丸美・講談社文庫)P389より
「女にとって恋愛は一種の宗教なのよ。」
倫子「忘れな草 (1978年)」(佐々木丸美 ・講談社)P135より
知識と人徳はやっぱり異なるものだ。天は二物を与えず。わかる、わかる。
涼子「水に描かれた館 (1978年)」(佐々木丸美・講談社)P6より
「恋人はいるが恋人には束縛されない。自由に恋愛を楽しむ主義だよ。と、つけ加えることにしているのです」
仁科「罪灯」(佐々木丸美・講談社)P37「危険区域」より
いやー、エンタテインメントにもほどがあるだろ!と言いたくなるようなシリーズ。楽しすぎます。
- 「時砂の王」(小川一水・早川文庫JA)
ハードボイルドな時間モノ。苦悩と葛藤、そして昇華されていくものが素晴らしかった。
- 「チャリオンの影」(上下)(ロイス・マクマスター・ビジョルド・鍛治靖子訳・創元推理文庫)
おじさんががんばる異世界もの。少しだけ魔術(というか呪術)がありますが、基本は宮廷陰謀モノ。おじさんも楽しめるのでは?
2008年1月に、続編「影の棲む城〈上〉 (創元推理文庫)」「影の棲む城〈下〉 (創元推理文庫)」が発売予定。楽しみ楽しみ。
- 「はるかな国の兄弟」(アストリッド・リンドグレーン・大塚勇三訳・岩波少年少女文庫)
人は死んだら、別の世界で楽しく暮らすんだよ、と病気の弟に言い聞かせていた兄ヨナタン。しかし、ヨナタンは先にその国へ旅立ってしまう。じきに弟もその世界へ行き、二人は永遠に仲良く暮らすはずだった。しかし、そこはかつてヨナタンが話してくれたような、全てがうまくいくような世界ではなかった……。
読み終わって、線の細い二人が、手をつないでどこまでも歩いていくようなイメージが残りました。とても余韻の残る本です。読んでよかった。